2008年09月18日

おもてなしのお香

お香についてこんなご質問をいただきました。

>香を焚きたいと思うのですが、そもそも香は仏事のときに焚くものといいます。
>客人のあるときに焚いても失礼にならないのでしょうか?


お香は仏事の時に焚くのがはじまりですが、
これは仏前を清め、清浄を保つために焚かれたものです。
けっして不吉なものではありません。

おもてなしの席での香りとして「迎え香」はいかがでしょう。
お客様がお見えになる前にお香を焚いておき、来客時に残り香が漂うようにしておくのです。
あくまでさりげなく、ほのかに香る程度に…
十人の人がいて、全員が香を焚いていると気づくようでは香りが強すぎるのだそうです。

特にお食事の予定があるときなど、強い香りは避けたいですね。
心をこめたおもてなしで、お客様に喜んでいただけますように…

参考文献

学研「かおる」
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2008年09月16日

お香の歴史3

お香については専門家ではありません。
私なりに得た知識を、お香をまったくご存じない方向けに、書いておこうと思います。
専門家ではないひとりよがりの知識であること、ごく初心者の方むけの記述であることを、
ご理解の上、参考としていただければ、と思います。



「香道」の成立は室町時代

平安時代の香は「薫香(たきもの)」と呼ばれる「練香(ねりこう)」でしたが、
日本人が香木を焚き、その香りを楽しむようになったのは、鎌倉時代に入ってからです。
貴族から武士へと政権が移り、人々の美意識や価値観に大きな変化があったのでしょう。


さらに室町時代、足利義政の元、茶道や立花(華道)とともに「香道」が成立します。


「香道」は一定の作法のもとに香木を焚き、その違いを聞き(香りをかぐこと)あてますが、
それだけでなく、古典的な詩歌や故事、情景を鑑賞する文学性、精神性の高い芸道です。

足利義政は室町幕府の8代将軍ですが、3代将軍義満の孫にあたります。
足利全盛期を築いたとされるおじいちゃんに対して、孫の義政は政治は側近まかせで、
建築や庭園、絵画、その他様々な趣味にかまけていた、困ったお坊ちゃんだったよう。
けれど、こういう桁はずれの道楽者がいてこそ、文化の花がひらくというもの。
この時代の文化はその後の日本に大きな影響をもたらします。

ただし「香木」はやはり貴重品。茶道や華道は、その後庶民にまで広がりましたが、
香道があまり広がらなかったのはそのためとも言われています。



「お線香」は江戸時代生まれ

「香」というと多くの方が思い浮かべられるのは「お線香」かと思います。
この「線香」の製造技術が日本に伝わったのは今から400年ほど前。
比較的歴史は新しいのですね。これは意外です。
朝鮮から渡った人が長崎で作り始めた、という説と、
中国福建省から五島一貫という人が堺に技術を伝え、京に定着した
という説があるそうです。
たぶん、いくつかのルートがあったのでしょうね。


参考文献
平凡社「日本の香り」
学研 「かおる」
株式会社松栄堂 「香りのさんぽ」

無断転載はお控え下さい。




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2008年09月12日

お香の歴史2

香炉という商品を扱っておりますので、お香についてのご質問もいただきます。


お香については専門家ではありません。
私なりに得た知識を、お香をまったくご存じない方向けに、書いておこうと思います。
専門家ではないひとりよがりの知識であること、ごく初心者の方むけの記述であることを、
ご理解の上、参考としていただければ、と思います。


平安貴族と香り

仏教とともに日本に入ってきて、儀式やお供えとして使われたお香ですが、
奈良時代後半から、平安時代にかけて、仏教から離れて自由に香を楽しむかたちができあがります。

これには、753年、苦難の末日本に渡った唐僧鑑真、によるところが大きいとか。
鑑真和上は仏教の戒律とともに、多くの文化を日本に伝えました。
そのなかに、数々の香木、香料やその調合法も含まれていたのです。


平安時代に貴族の間でひろまった「空薫物(そらだきもの)」
居住空間などに香りを漂わせるお香の楽しみ方です。
この空薫物に使われるのは、香木ではなく、「薫香(たきもの)」と呼ばれる「練香(ねりこう)」です。
何種類かの香料や蜂蜜や梅肉なども使って練り合わせた黒い丸薬のようなお香です。
(見た目はとっても苦いお薬のよう!)
この「薫香」を作る技術を伝えたのが鑑真和上なのですね。


「源氏物語」にはこの空薫物についての記述が多く出てきます。
「空薫物のかおりが心にくくただよい、名香の香などもあたりにみちているのですが、
 君のお袖の追風がひとしお匂い渡りますので、
 奥に隠れている人々もなんとなく胸を躍らせる様子です。」
(新々約源氏物語 若紫の巻)

当時の貴族は人を迎える心づかいとして、部屋には香をたきこめていたこと、
源氏の君のような高貴なプレイボーイは、また特別にかぐわしい香りを着物にたきしめ、
周囲をくらくらさせていたことがわかりますね。

この「薫香」は各貴族の邸宅でそれぞれに調合して作られていました。
その調合法も貴族の教養として重んじられたのだと思います。

かぐわしい香りにつつまれた、なんと優雅な平安貴族、と思いますが、
現在のように入浴や洗髪も充分にはできなかった時代、
体臭や衛生上の臭い消しの意味合いも強かったでしょうし、

当時の暮らしを考えると、
宮廷や貴族の邸宅は、清潔に保たれていたかもしれませんが、
一歩外へ出て、下々の人々の暮らしを考えると…
上下水道などなく、不衛生で、疫病が流行ることもあったはず、
街は現在では考えられない腐臭が漂っていたかもしれません。
貴族邸での空薫物には、このような外からの臭いをさえぎる意味もあったのでは、
という説もあります。(松栄堂さんでうかがった話)
そして、良い香りを漂わせることで邪気を払うという意味もあったのでは、
というのは「陰陽師」大好きな私の私見でございます。



参考文献
平凡社「日本の香り」
学研 「かおる」
株式会社松栄堂 「香りのさんぽ」

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2008年09月11日

お香の歴史1

香炉という商品を扱っておりますので、お香についてのご質問もいただきます。


お香については専門家ではありませんが、
私なりに得た知識を、お香をまったくご存じない方向けに、書いておこうと思います。
専門家の知識ではないこと、ごく初心者の方むけの、ひとりよがりの知識であることを
ご理解の上、参考としていただければ、と思います。


お香の伝来

お香というと、とても日本的なもの、という感じがいたしますが、
香木は海外から伝来したものです。今も日本では産出しません。

「日本書紀」には、
595年(推古天皇3年)4月「沈水(ぢむ)淡路島に漂着」という記述があるそうです。
この沈水(ぢむ)とは、沈水香木(じんすいこうぼく)=沈香(じんこう)のことです。
島の人々が、流木をかまどになげこんだところ、かぐわしい香りがたちのぼり
驚いてこの木を朝廷に献上したそうです。
宮廷の官吏たちもその正体がわからなかったのですが、
聖徳太子は、天竺でいう香木である、とご存じだったということです。

これが香に関する日本最古の記述なのですが、
538年の仏教伝来とともに、香も日本に伝わっていたと考えられます。
ただし、ごく一部の身分の高い方たちのみ、知るところのものだったのでしょう。

その後も「日本書記」には香に関する記述がみられます。
671年 大友皇子が手に香炉を持って蘇我赤兄臣らと盟約を結んだ、等々

政治に仏教を取り入れた蘇我一族や聖徳太子らは仏教儀礼としての香も重んじたようです。
香は権威の象徴であったのかもしれません。
聖徳太子の肖像画でも柄香炉を携えたものがありますね。(↓一例です)
http://www.regasu-shinjuku.or.jp/shinjuku-rekihaku/public_html/shozoshiryo/b02_kaiga/bunka_005.html


ところで、沈水香木(じんすいこうぼく)=沈香(じんこう)とは?
ジンチョウゲ科の香木で、比重が重く水に沈むことからこう呼ばれます。
木そのものが香るのではなく、樹幹の傷などから滲出した樹脂が
木質に沈着し、年月をかけ樹木自体が枯れていく過程で、熟成されてできたものです。
さまざまな自然条件のもとで偶然に育まれるもので、大変貴重なものです。
産出地はインド、ミャンマー、ベトナム、タイ、マレー半島など東南アジア全域ですが、
絶滅危惧種として世界的な視野での保全管理が必要とされています。


日本に現存する沈香のなかで、もっとも有名なのは
東大寺・正倉院に伝わる「蘭奢待(らんじゃたい)」です。

長さ156cm、直径37.8cm、11.6kgという巨大な香木。
光明皇后が東大寺に献上したときは13kgあったそうですが、
歴代の天皇が、足利義政や織田信長ら、手柄をたてたものに分け与えた
のだそうです。(信長は権力誇示のために切ったとされています)
正倉院展で展示されているのを見たことがありますが、現在も裁断の跡が残されています。

これは沈香のなかでも、伽羅と呼ばれる最高級の香木です。
下世話な話になりますが、現在の伽羅は安いものでも1g10000円以上。
11.6kgというと……!!!
いえ、そんな金額に換算できない、これは日本の宝なのです。

本日はここまで

参考文献
平凡社「日本の香り」
学研 「かおる」
株式会社松栄堂 「香りのさんぽ」

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